昔住んでいた文化住宅の二階にヒラリンという中年のおじさんがいました。
昔は‘やんちゃ’していた、と話していましたが、その時は植木職人としてまじめに仕事をしていました。
高校時代、よくヒラリンの部屋に行きました。
ヒラリンは読み書きができませんでしたので、市役所からのお知らせやたまに届く郵便物を私がかわりに読んだりしていました。
やることが終わっても、なんとなくそのまま部屋でテレビを見たりして過ごしました。
ヒラリンは寡黙でも饒舌でもなく、必要なことを話して、黙ります。また話をして黙ります。キレのいい醤油さしのように、会話がキチンと口から出て、きれいにヒラリンの体に戻ります。それがなんとなく好きでした。
そして、沈黙に重量があるのをおしえてくれたのもヒラリンでした。
私にとって、ヒラリンは沈黙の達人。
最近、よくしゃべる人はいますが、ちゃんと黙る人が少ない気がします。