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![]() とあるお宅に伺ったときの、応接間にいらっしゃいました、この家の主のグル―崇拝する人、だそうです。 個人の好み、しかも崇める対象ですから、私がとやかく言うべきではないのでしょうが、ここまでポップなグル―神様を目にして、写真を撮らずにはおれませんでした。 悩みを抱え、救いを求めて訪れた部屋に、この「グル」が飾ってあったら、、、 私、泣き崩れると思います。 ・・・けれど、そのあと、爆笑するような気もします。 インドには神様はいない―こちらに来る前に、「インドの達人」がいった言葉です。 自分の信じるものを信じろ―ここに滞在して、インド人の宗教を目の当たりにして感じたことです。 東洋の考え方に、陰陽転化という概念があります。「陰」が極まると「陽」になり、その逆もしかり。 完全に失望したときに生まれる希望があります。 悩み、絶望したときの荒療治として、このグルさん、胸に刻もうと思ったのでした。 ![]() インドは「境界」があいまいだと、よく感じます。 道には屋台が並んでいて、店と道の境界をあいまいにしています。路上生活者も、幹線道路わきで、しっかりと「生活」しています。インドでは誰もが堂々としているので、道を歩いていて、突然に路上生活の人たちの「生活エリア」に足を踏み入れてしまったら、こちらが、「あっ、ゴメン」という感じでそのエリアを抜けます。よけるとか、遠回りすることはありません。街路樹のように、道に生活が植わっている感じです。 家には、人の出入りが四六時中あります。少しでも余裕のある人はお手伝いさんを雇っているので、まずはそんな人たちの出入りが頻繁です。お掃除の人、お皿洗いの人、洗濯する人、、、お客さんもしょっちゅう来ます。 最近の私自身の体験です。友人が職場においでというので、少し緊張しましたが、だれも構いません。自己紹介しあうでもなく、勤続数十年の同僚のようにナチュラルに迎えられました。 結婚式にもお邪魔しましたが(詳しくはまたアップしますね)、明らかに‘関係者以外’のワタシ。でも、会場はそんな人たちで溢れていました。 見ず知らずの人が自分の日常にいるインド。「どちらさま?」という問いかけは、インドでは用なしなのです。 人やものの「境界」だけが曖昧ではありません。 以前日本で、インド古典音楽の演奏会に参加しましたが、会場がザワついている中にインド人の演奏家が現れて、なにやら音合わせを始めました。それがいっこうに終わらないので、みな少しずつ不審に感じていると、どうやら「本演奏」を始めてしまっていたようで、舞台関係の人があわてていた風景を思い出します。 物事の始めと終わりの境界も曖昧です。 @@@ それなのに、いえ、それだからでしょうか、インド人は「私」の境界がハッキリしています。 好みも習慣も意見も、「私はこう」というものをもっていて、曖昧な人はいません。 @@@ 物事や人同士の境界がはっきりしていて、気持ちや考えの境界がおぼろげな日本と日本人。 それぞれのカラーだなぁと思います。 ![]() 「ホラ、あのときスシュミタが難産だったでしょ?それで、お義母さんが見舞いに行って、、、」と、突然、会話をはじめる、同室の女の子。私は大急ぎで、頭の中で彼女の家の‘家系図’を広げます。『スシュミタ』は、確か彼女の一番上のお姉さんの旦那さんの妹さんだったはず、、、 @@@ インド人、家族が‘熱い’です。人数の多さからうまれる熱さでもありますし、情の‘厚さ’も大変なものです。 核家族社会から来た私が何に困るかと言えば、それぞれの家族構成を覚えるのが、一苦労なのです。 大きく立ちはだかるものがあります。 それは、家族の呼称。 中国語も同じだと聞いたことがありますが、家族関係それぞれに、それぞれの呼び名があります。おじさんでも、母方か、父方かで呼び方が違います(チャーチャー&マーマー、どちらも「おじさん」です) さらにっ!インドは多言語の国。中国語が、北京語と広東語がまったく異なるように、こちらも、いくつも(お札には13個の公用語が書かれています)言語があります。 私のいるムンバイは、マラーティー語の地域。私の話せるヒンディー語も通じはしますが、一般の人が使用しているのはマラティー語です。言葉は違いますが、やはりインド人。家族への「熱」は同じ。 ここの、「おじさん」は「カーカー」というそうです。 ということで、ただでさえ、呼称に苦しんでいた私に追い討ちをかけて、さらなる苦労が襲ってきたのです。 仕事以外では、インド人の日常会話の大半は家族の話題。聞く側としては、それぞれの家族に起こったことを、ストーリーを追うだけでも骨が折れるのですが、話のなかに散りばめられる呼称、これが最大の難関なのです。 「カーカーおじさんは、ところで、病気はよくなったの?」と聞いたら、「おじさんは一回でいいのよ」との返事。あ、そうだった。 インド人、頭がいいといわれるのは、こういう日常があって、頭のエクササイズが十分になされているからではないか、と思うのです。 (オマケ:呼称の唯一の救いは、女性形が簡単なこと。語尾が‘イー’になります。チャーチー、マーミーが「おばさん」です。でも、マラーティー語ではオバサンは、「カークー」です、、、) ![]() こんにちは、私は今、インドの大都市、ムンバイに滞在しています。 ムンバイはイギリス様式の建物が多く残るところです。 上の写真、いわれなかったら「インド」とは、思えないですよね? でも、道行く人は、もちろん、インド人。 それも、活きのいい人たちばかりです。 ![]() ムンバイは、いろいろな顔を持っています。インド最大の商業都市であり、観光地としても有名です。スラムがあるかとおもえば、外国人が集う高級な地域もあります。 まさに、インドの‘今’を体験できる都市です。 私は、ムンバイの下町のアンデーリーというところに住んでいます。 このところ、インドは物価が急騰していて、ムンバイはその高値が有名なところです。 不動産の値上がりもダントツ。 この地で、Paying Guestという住まいにいます。簡単にいえば、「下宿」です。 下宿のおかみさん、同居人、人間模様、多々ありの「ムンバイ滞在記」をこれからお送りしようと思います。 お時間のあるときに、読んでいただけたら幸いです☆ ![]() ブービー賞、としていただけたらありがたいです。 おそらく、みなさまが2012年に聞く最後のものだと思います。 明けましておめでとうございます。 昨年9月より、インドに居を移しております。 針と灸 でもい の患者様方、治療ご希望の方々には大変ご迷惑をおかけしておりますが、帰国は三月下旬、4月より院を再開させていただきます(当初二月とお伝えしておりましたが、事情により延期となりました。申し訳ありませんが、ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます) @@@ 現在、私はムンバイという、インド最大の都市に住んでいます。良くも悪くも、‘インド’たっぷりの土地です。 ネット環境が不安定のため、定期的にブログを更新することができませんが、時々覗きに来て頂けたら大変うれしいです。 でもい@ムンバイ―をお届けしていきたいと思います。 最後になりましたが、2012年がみなさまにとって、楽しく充実した一年になりますよう―インドのたくさんの神様にも!―お祈り申し上げます☆
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